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おびひろまで

帯広まで

林 芙美子

「文藝春秋」1936(昭和11)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页

青空文庫

九太は九太で、伊代のなりふりを見て、心のうちで愕いていたのであった。化粧がうまくなって、何か浮々した感じであったが、考えていた程にも不幸でないのが九太を明るくした。

「よかったら、家へお出でよ。見学の為に、僕の身の墜ちかたも見といていゝよ」

伊代は、その言葉を聞くと、九太も変に田舎臭くなったものだと思った。一年の間、この男のことを思い出して泣いていたことが、馬鹿々々しかった。これなら東京へ帰っても元気で生活出来ると思った。話していると、まるで心がちぐはぐで、田舎の親類に逢っているようなのんびりさである。九太は、伊代に向って、一年の間、どうして暮していたかとも尋ねなかった。

「まだ十時だもの、宿へ電話しといて、家へ一寸お出でよ」

「厭だわ、平穏無事な奥さんの心を揺すぶって、一寸ばかりいゝ気持ちになろうなんて、そう思ってんでしょ……」

「そうひねくれちゃ困るね。他意なくお出でと云ってるんだよ。えゝ?」

伊代は他意なく行ってもいゝと思った。かえって行く方が自然だと思った。二人は蕎麦を一杯ずつ食べて濡れながら街を歩いた。九太の住居は蜀黍畑に囲まれた畑の中にあった。