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じょうしき
常識
豊島 与志雄
「改造」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页
階下には他に客はなく、土間に並んでる卓子の一つに、岡部がよりかかっていた。坪井はつかつかと歩みよった。それを見上げた岡部の眼は、静かな落付を保っていた。
「弱ったことが出来ちゃった……。」
低い落付いた声だった。――富永郁子からの電話で、ここへ来ると、ただそれだけのことである。
「来るなら来てもいいじゃないか。」と坪井は云った。
「それが……どうも、僕はいやなんだ。ただ気まぐれで……。実は今日、富永さんのところへ行ったんだが、何のことからだったか、ふいに、みますへ行ってみたいと、云い出されて、弱っちゃった……。あれっきり、君は逢ったことはないんだろう。それが、あの人にとっては、淋しい……というわけもあるかも知れないが、何もここまで来なくったって……。そう思ったものだから、坪井なら、連れてきてあげましょう、と云ったところ、ばかに気を悪くされちゃって……それから、ぜひみますへ行くと、そうこじれてしまった。それを、何とかごまかして、晩になったら、僕が様子をみてきてあげると、約束してしまったが、気になるので、とにかく来てみると、君たちにつかまって困った。そこへ、今の電話だ。