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あるたんぼうきしゃのはなし

平林初之輔探偵小説選I〔論創ミステリ叢書1〕

平林 初之輔

平林初之輔『平林初之輔探偵小説選I〔論創ミステリ叢書1〕』。同一底本的分册已合并为一书。收入:或る探訪記者の話、探偵戯曲 仮面の男、オパール色の手紙、私はかうして死んだ!、祭の夜、秘密、華やかな罪過、動物園の一夜、誰が何故彼を殺したか。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 113,247 字 · 229 页

青空文庫

そして、私はただ何でもない散歩に出かけた時のような気持ちで、駅の前のカフェへはいってアイスクリームをあつらえた。いかなる場合でも、生理的要求を満たすことには、相当の快感が伴うものだし、それはぜひ必要なことでもあるということは、最愛の子供に死に別れた母親でも、泣き泣き食事だけは忘れないという驚くべき事実に徴して明白だ。私は今でもその時のアイスクリームの冷たさは実はよくおぼえている。

しかし、私のおどろきは、それだけでしまいになったのではない。私が、根岸の山の上にある××ホテルへタクシーで着いた時、タクシーの窓越しに見ると、ちょうど一人の女が、受付口を離れて、あたふたと奥へはいってゆくところだった。私は今度という今度は、突然腰から下がなくなってしまった程びっくりした。その女がやっぱり、今しがた桜木町で降りたみな子ではないか。

私がカフェへはいっている間に、彼女が、先回りして、ここまで来ているということは、ただ一つのことしか意味する余地がない。彼女は私の手紙をみたのだ。そして、何かしら――実際私には何かわからなかったのだが――唾棄すべき下等な目的をもってここへ来たのに相違ない。