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ねんがじょう

年賀状

寺田 寅彦

「東京朝日新聞」1929(昭和4)年1月1日、3日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,248 字 · 7 页

青空文庫

何を感じたかこの頃ではしきりに年賀状の効能と有難味を論じるようになった。今までとはまるで反対の説を述べて平気でいられるところが彼の彼らしいところを表現していて妙である。

どうも彼のいう事には順序というものがないから簡単に要領を捕捉するのが困難であるが、まあ例えばこういう事をいう。

「空間の中にn個の点がある。そのおのおのの点から平均m本の線を引いて他のm個の点に結ぶ。そうすると合計nかけるのm本の線が空間に複雑なる網を織りだす。仮にnが一千万、mが百とすると十億本の線が空間に入乱れる。これらの線が一度はどこかの郵便局へ束になって集められ、そこで選り分けられて、幾筋かの鉄道線路に流れ込み、それが途中で次々に分派して国の隅々まで拡がってゆく。中には遠く大洋を越えて西洋の光の都、南洋のヤシの葉蔭に運ばれる。その数々の線の一つずつには、線の両端に居る人間の過去現在未来の喜怒哀楽、義理人情の電流が脈々と流れている。何と驚くべき空間網ではないか。」

そういえば、それはそうであるが、何故にそれがそれほど有難いかはわれわれにはよくは分らない。これはたぶん横浜岸壁あたりで訣別の色テープの束の美しさを見て来てから考えたものらしい。