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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
「中央公論」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页
」
「なあんだ、つまらない。」
「何がつまらなくって?」と彼女は意気込んだ。
彼はどう説明していいか分らなかった。が兎に角、彼女の心配は明るい浅い、形のはっきりしたものだった。然し彼のは、暗い深い漠然としたものだった。底のない不気味さ、そんな感じが胎児という考えを色づけていた。
秋子は急に苛立ってきた。黙ってる彼の顔へ、尖った声の調子を投げつけた。
「あなたは私が姙娠したのを御不満なんでしょう。そうに違いないわ。一度だって喜んで下すったことがあって?」
「馬鹿な邪推をするもんじゃない。」
彼女は邪推でないと云い張った。そんな考え方をするのはいけない傾向だと彼は云った。あなたの方がいけない傾向だと彼女は云った。そう思うのは誤解してるからだと彼は云った。
「誤解ですって?」と彼女は声の調子を高めた。「それじゃ、どうしてそんなに私のお腹を気になさるの。思い切ってお叩きなさるがいいわ。今にどんなことになるか分るから。」
捨鉢に腹をつき出してる醜い彼女の姿から、彼は憫然と眼を外らした。室の隅には、赤ん坊の小さな着物が、縫いかけのまま放り出されていた。その可愛いい赤い色から、彼はぴしゃりと頬辺を殴られた気がした。