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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

出来るならば、彼女の死骸を鉄の箱にでも納めてしまいたかった。――カァン、カァン、カァン、カァン……と何時までも同じ単調な響だった。それが急調子の読経の声の間から、絶え間なく湧き上ってきた。すぐ膝の前で力籠めて伏金を叩いてる半白の僧侶が、鋭い響によく鼓膜を痛めないものだと、彼はその時不思議に思った。――ガチャリ、とただ一度の響だった。胸の中に鉄の錘を投げ込まれるような残忍な感じだった。その時彼は、顔の筋肉を引きつらして、閉め切った火葬の窯の鉄の扉を見つめた。

その三つの音が、長く彼の耳に残っていた。……骨揚に行って、白木の火箸の先で灰の中から、形のある遺骨を拾い出し、それを瀬戸の壷にに」]つめ、秋晴れの爽かな外光の中を、何とも云えない悲壮な清浄な気持で帰ってきた、その同じ気持を、何時までも保っていたいと願っていた、その下から、三様の音がともすると響いてきた。夜遅くぼんやりしてると、耳の底にこびりついてる音に、我知らず聴き入ってることがあった。

彼は堪らない心地になった。

如何に秋子を愛していたことか、そして、如何に愛し方が足りなかったことか!

そして彼の心に浮んでくるのは、結婚当時の彼女だった。