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ひろばのベンチ
広場のベンチ
豊島 与志雄
「文芸」1951(昭和26)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,998 字 · 15 页
後になって十内は、或る友人のさりげない話を聞いて、内心ひやりとしたことがある。
その友人の家に、鼠がよくいてわるさをした。罠や薬剤を用いるのも億劫だし、大人気ないので、ただ追っ払うだけにしておいた。鼠の方ではだんだん図々しくなって、人のいる室にまで進出してきた。
或る晩、彼が夜更しで仕事をしていると、細君がそっとやって来て、茶の間に鼠がはいってるようだと告げた。不届き千万な奴、痛みつけてやれと、足音をぬすんで忍び寄り、襖を閉め切って、鼠をそこに閉じ込めることが出来た。それから電燈をつけ、棒を手にして、鼠を追い廻した。茶箪笥の棚、鴨居の上、長火鉢の陰など、鼠は素速く逃げ廻ったが、しまいにやっと姿を消した。あちこち見調べたら、地袋の棚の上に竹筒の花瓶があるので、その中を懐中電燈で照らしてみると、果していた。鼠は竹筒の中に蹲まって、じっとこちらを見上げていた。懐中電燈の光りで、その顔がまざまざと見えた。もう逃げようともしないで、ただこちらを見ている。丸い眼を一杯見開いてまばたきもせず、こちらを見ている。つまり、懐中電燈の光り中で、鼠とぴったり眼を見合った恰好なのだ。