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ひろば
広場
宮本 百合子
「文芸」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,809 字 · 31 页
しかしそれは素子にとってどんな苦痛だろう。その苦痛が、情愛の問題より深刻に二人の人間としての精神に切りかかって来ているものであることが、さっき重い扉を押してトゥウェルフスカヤの通りへ出た時から朝子には犇と感じられているのである。うっかり考えこんでいるので、朝子は自分がもう勘定場の前まで来ていたのに気がつかず、黒い布で頭を包んだうしろの年とった女から、
「どうしなさったね。財布でもおっことしたのかね」
と注意された。
二
朝子の気持は素子にもよくわかっていると思えた。朝子はつまりは自分で決心するとおりに行動するだろう。これまでずっと、そして生きて来たとおり。だが、その決心はまだ心の中にきまらずにいる何かの理由でかためられていないのだ、と。そういう自分の気持が、素子にありのままうつっていることを朝子もまた十分知っていた。二人は、翌日になってもどっちもその問題にふれなかった。けれども、薄青い壁にかこまれた部屋の空気にはこれまで二人のいる処になかった一種の緊張した、神経質な空気が漂いはじめた。大体に口数が少くなり、笑うこともなくなった一日の中で、素子は頑固に机に向っているが、神経の端々はいつも水色のジャンパアを着た朝子のまわりに動いていて、その心のうつり行きをうかがっているような雰囲気である。