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ひろば

広場

宮本 百合子

「文芸」1940(昭和15)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,809 字 · 31 页

青空文庫

どうしても外套を引つけずにはいられないような感動はまだ去っていず、電車をやりすごす間そうやって立ち止ってそんなものを見ている自分の顔つきに動顛のあらわれていることを、朝子ははっきり感じるのであった。

この都会に自分がのこって暮せる。そんな可能を思ってみたことがあっただろうか。西ヨーロッパを旅行して来てからは一層新鮮な理解と愛着とを感じて、謂わば胸元をおしひろげて日夜揉まれているこの人波の中に、本当にその群集の一人としてとけこむことも出来るのだというようなことを、考えたことがあっただろうか。それが、今突然、実にたやすい、むしろ当然なことのうつりゆきのようにして、朝子の前に示されたのであった。朝子と友達の素子とが、この年のうちには故郷へ向って出発するときまっている今。――

いくらかくつろぎながら、しかしひとりでにまたうつむいてしまう思いにとらわれて、朝子は自分たちの住んでいるホテルへの角を曲った。階段の中途で、絨毯掃除をしていた掃除女のカーチャが道をあけると、何とも云えない底に輝きのこもったような優しい、同時に心はうつろのような微笑を与えて、朝子は廊下の奥にある室のドアをあけた。