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ひろば
広場
宮本 百合子
「文芸」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,809 字 · 31 页
そして、その歌の節は、朝子たちもやっぱり自分たちの言葉で歌をつくることの出来るものであった。ハンスというケルン生れの機械工の一人はいつか素子と知り合いになって、部屋へも遊びに来た。街角の大きい銀行だの役所の屋根の破風には、その経営の中で機構の清掃が行われていることを市民に告げるプラカードが目立ち始めた。
朝子は、そういう都会の生活の動きを刻々に感じながら、辞書を引く仕事の間には、自分の仕事のテーマについて考えた。
ああ、われら、いつの日にかこの歌を歌わん。いつも朝子の耳には、その文句が鮮にきこえて来た。そして心はその文句の上を大きくゆるく旋回しながら、次第次第に下降して、その輪が静止したところには、保の死とそれに対する自分の惜しく腹立たしく悲しい心持とが、明瞭に横わっているのであった。だが、今の朝子には、保の死というものが、歌わんとするわれらの鏡としてみればその裏の姿であることが理解されていた。歴史の浮彫にたとえれば、保の辿った路は、その裏の凹みのような関係で、云わば凹みの深さ、痛切さは、肉厚くその凹みのあっち側に浮立っている生活の絵模様を語っている筈なのであった。