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かげのないはんにん

影のない犯人

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第七巻第一二号」1953(昭和28)年9月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,032 字 · 23 页

青空文庫

昔のフックラした大人の風格が失われましたよ。なんとなく腹に一モツある人相だ。オレの口のせいにするのは、ひどいと思うよ」

と呟きながら、敵の殺気を怖れてか、寄らば逃げようという身構えである。

そもそも事の起りは、前山家の当主一作がなんとなく病気になったせいである。前山家の人々は、テッキリ並木先生が一服もったに相違ないと考えて、彼の診察を拒否し、他から医者を呼ぶに至った。

前山家がなぜそう考えたかというと、並木先生はかねてこの広大な別荘を借用して医学旅館を開業したいという切なる念願のトリコとなっていたからである。温泉とはそもそも病人のためのものだ。しかるに当今の温泉旅館はすべて健康人を相手にしている。ところが、並木先生の見解によれば、人間は全て病人なのだ。病気をもたない人間は存在しない。彼らはただ自分の病気を知らないだけだ。

もしもここに医学温泉旅館というものが開店して、そこに泊るお客は名医の診察をうけ、自分の病気を発見し適切な処方をうけて週末の一日を休養して帰るなら、彼らの幸運は甚大であるに相違ない。それからそれへ聞き伝えて押すな押すなの大繁昌であろうという考えであった。