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かれはむかしのかれならず
彼は昔の彼ならず
「世紀」1934(昭和9)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,274 字 · 57 页
こんどは僕も庭のほうへまわってみた。庭の五株の霧島躑躅の花はそれぞれ蜂の巣のように咲きこごっていた。紅梅は花が散ってしまっていて青青した葉をひろげ、百日紅は枝々の股からささくれのようなひょろひょろした若葉を生やしていた。雨戸もしまっていた。僕は軽く二つ三つ戸をたたき、木下さん、木下さん、とひくく呼んだ。しんとしているのである。僕は雨戸のすきまからこっそりなかを覗いてみた。いくつになっても人間には、すき見の興味があるものなのであろう。まっくらでなんにも見えなかった。けれど、誰やら六畳の居間に寝ているような気はいだけは察することができた。僕は雨戸からからだを離し、もいちど呼ぼうかどうかを考えたのであるが、結局そのまま、また僕の家へひきかえして来たのである。覗いたという後悔からの気おくれが、僕をそんなにしおしお引返えさせたらしいのだ。家へ帰ってみると、ちょうど来客があって、そのひとと二つ三つの用談をきめているうちに、日も暮れた。客を送りだしてから、僕はまた三度目の訪問を企てたのである。まさかまだ寝ているわけはあるまいと考えた。
青扇のうちにはあかりがついていて、玄関もあいていた。