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かれはむかしのかれならず

彼は昔の彼ならず

太宰 治

「世紀」1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,274 字 · 57 页

青空文庫

おおやさん。このごろは私、爪と髪ばかり伸びて。」

にやにやうす笑いしてそんなことを言い言いぱちんぱちんと爪を切っていたが、切ってしまったら急にあわてふためいてどてらを着込み、れいの鏡も見ずにそそくさと帰っていったのである。僕にはそれもまたさもしい感じで、ただ軽侮の念を増しただけであった。

ことしのお正月、僕は近所へ年始まわりに歩いたついでにちょっと青扇のところへも立ち寄ってみた。そのとき玄関をあけたら赤ちゃけた胴の長い犬がだしぬけに僕に吠えついたのにびっくりさせられた。青扇は、卵いろのブルウズのようなものを着てナイトキャップをかぶり、妙に若がえって出て来たが、すぐ犬の首をおさえて、この犬は、としのくれにどこからか迷いこんで来たものであるが、二三日めしを食わせてやっているうちに、もう忠義顔をしてよそのひとに吠えたててみせているのだ、そのうちどこかへ捨てに行くつもりです、とつまらぬことを挨拶を抜きにして言いたてたのである。おおかたまたてれくさい事件でも起っているのだろうと思い、僕は青扇のとめるのも振りきってすぐおいとまをした。けれども青扇は僕のあとを追いかけて来たのである。