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つれづれぐさのかんしょう
徒然草の鑑賞
寺田 寅彦
「文学」1934(昭和9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,582 字 · 14 页
病みゐる」人はいくらでもある。
心の自由を得てはじめて自己を認識することが出来る。そこから足ることを知る節制謙譲が生まれるであろう、と教える東洋風の教えがこの集のところどころに繰返して強調されている。例えば第百三十四段から第百三十七段までを見ただけでも大体のものの考え方がわかる。第百三十七段の前半を見れば、心の自由から風流俳諧の生まれる所以を悟ることが出来よう。
このような思想はまた一面において必然的に仏教の無常観と結合している。これは著者が晩年に僧侶になったためばかりでなく大体には古くからその時代に伝わったものをそのままに継承したに過ぎないであろう。とにかく全巻を通じて無常を説き遁世をすすめ生死の一大事を覚悟すべしと説いたものが甚だ多い。このような消極的な思想は現代の青年などにはおよそ縁の無いもののようにも思われるが、しかしよく読んでみると必ずしもそうでないようである。昭和の今日でも道を求め真を索ねるものの修業の道は本質的には昔の仏道修業者の道とそれほどちがったものではないようである。例えば第九十二段に弓の修業の心得から修道者の覚悟を説くのでも、直ちに移して以て吾等科学研究者の坐右の銘とすることが出来る。