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ふくしゅう

復讐

豊島 与志雄

「風雪」1950(昭和25)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,806 字 · 20 页

青空文庫

身動きをすれば、こちらを向いてる鏡台の鏡の中に、それが一々捉えられるかも知れないと、怖れがあった。鏡台掛の桃色の布が、下されていないのである。その鏡だけが、室の中で生きてるのだ。衣裳箪笥も、用箪笥も、小さな長火鉢も、三味線も、衣桁になげかけられてる衣類も、其他すべて、ぼーっとくすんでいる。赤塗りの本箱の上に、花器に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)してある菊は、葉がしおれかけ、白と黄の花輪も艶を失っている。彼女自身、枕頭近くの水差やコップと同じよう、呼吸もないほど静まっている。

その、彼女の眼が、いつ開いたのか、両方とも大きく開いて、私の方へ向けられていたのだ。あ、私は息をつめて、その眼に見入った。睫毛を上下にはねて、ただ黒々と、底知れぬ深さを湛え、その深みの奥へ奥へと私を引きずり込もうとしている。

とっさに、私は思い出した。いつの頃とも、誰とも、それは分らないが、私は同じような眼を見たことがある。死体の眼だ。病死か変死か、それも分らないが、或る死体の両眼が、ぱっちり開いて、じっとこちらを見ていた。そして私を、私全体を、その真黒な底なしの深みへ、引きずり込もうとしていた。