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びしょう

微笑

豊島 与志雄

「雄弁」1919(大正8)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,995 字 · 43 页

青空文庫

私はぞっと首をすくめて、あたりを顧みると、かの男がすぐ側に立っていた。私達は思わず顔を見合った。余り近くに居たので私は喫驚した。彼も喫驚したらしかった。その意味がはっきり互に通じ合った。二人共苦笑をした。そしていい合したようにつと群を離れて歩き出した。

「馬鹿に寒いですね。」と彼が云った。

「馬鹿に来ませんね。」と私が云った。

両方の言葉が殆んどかち合う位に一緒に出た。私達は互に向うの言葉に答えるために顔を上げて微笑をした。すると私達はもう他人ではなく、前からの知人になってしまった。

二人は並んで歩廊の上を歩き出した。

「いつも何処へ行かれるんです。」と彼は尋ねた。

「友人の家へ碁を打ちに行くんです。笊碁ですがね。」

「ははあ、やはり君も高等遊民の類ですね。」

私は一寸返答に迷った。

「僕もやはりそうですよ。」と彼は続けて云った。「此度こちらに知った者が球突屋を初めましてね、前から知り合いのお上さんで気が置けないものだから、わざわざこうして出かけて来るんです。近くの球屋だと知った顔ばかりで面白くないし、それにいろいろ面倒ですからね。こちらの方が場所も珍らしいし、球も羅紗も新らしいし、場末情緒といったようなものも可なり面白いものですしね。