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びしょう

微笑

豊島 与志雄

「雄弁」1919(大正8)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,995 字 · 43 页

青空文庫

殆んど一度置き位に私達はその男をS――駅の歩廊の上で見出した。私達が寄ってゆくと彼は遠くに歩いていった。多くは待合所の中に立っていた。それで一度も言葉をかける機会が無かった。

不思議な男だぐらいに思って気にかけずにいるうちに、いつしか正月になった。で十日ばかり私達は「休んだ。」然し正月といっても別に用のある身でもなかったので、またすぐに初めることにした。特に正月になってからは、女に出違うことが多かったので、一層面白かった。結果だけは相変らずまるで駄目だった。然し時々、面白い男や女をも見出すことがあったので、それで我慢をしていた。

一月の二十日頃からまた例の男が姿を現わし初めた。そしていつのまにか強く私達の注意を引きつけてしまった。

彼は時々待合所の中に立って広告のビラを見ていた。それからまた反対の電車が来ると、その方へ寄って行って中を覗くようでもあった。歩廊に立っている時はいつも、柱の影や階段の隅を選んだ。然しやがて私達は、彼の眼が絶えず私達の方へ向けられることに気付いた。広告のビラを見てる時なんか、時々ちらと私達の方を横目で見るのが、其処の明るい電灯の光りで分った。