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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

さよは、つい先日のオゥトミイルのことを思い出した。あのことのみならず、日常のこまごました用件は大抵のとき、二言三言の受け渡しですぐ片づけられている。その二言三言も、言葉としては決して完全なものでない。ほんの心持を仄めかすだけの役目しかつとめないのだが、何方かでそれこそ「工合よく」補充し、直覚したことは大した行違いもなく運ばれて来ているのだ。――さよは、考えていくと、今日といい明日という太陽が、互に交錯し反響し調和しつつ流れて行く二つの心の河の上に、出たり沈んだりするように思われた。自分達の生活の実体が、一緒に食事をしたり、散歩したり、眠ったりする形象のもう一重奥に在るらしい神秘的な心持にさえなる。彼女は、まるで言葉というものがなくなった時の自分達はどうであろうかと思った。自分の直覚はどの程度まで真実なものだろう。また、良人は、彼の心の眼で、自分の心のどの辺までを見とおし、同じ感情や意慾を反射するだろうか。

さよは、これまで持たなかった自覚を以て、深く深く自分と良人との心の風景を跋渉して見たく思い始めた。云いかえると、今まで我知らず勢にのって流されて来た二つの心の河の河底まで潜って、満干の有様、淀の在場所、渦の工合を目のあたり見たら、と思い出したのであった。