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こころのかわ
心の河
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页
月の光に馴れたさよの瞳に、戻りついた家の電燈の色がひどく赤黄く、暑く、澱んで見えた。
保夫は、
「家へ入るといやに蒸すね」
と、ひやした麦湯を所望した。さよは、盆にのせてそれを良人にすすめ、彼が仰向いてすっかりコップを空にする様子を見守った。彼女はひとりでに微笑んだ。彼女は、良人の知らない心の望楼を、今夜のうちに拵えた。そこの覗き穴から見ると、麦湯を呑みながら彼の心が何と呟いているか、はっきり判るように思ったからであった。然し、保夫が、
「何? 何を笑っているの」
と尋ねると、彼女は子供が玩具をかくすように、新しい計画を心の奥にたくしこんだ。そして、猜(ずる)く、嬉しそうに、黙って頭を振り眼の裡で笑った。
三
保夫の側から見ると、さよは近頃特に濃やかに気の利く妻となって来た。
彼女は、一つでも、未だ口に出して云われない彼の希望や要求を察して、仕とげたのを発見すると、ひどく忻(よろこ)んだ。普通妻が、良人の満足を見て自分も好い心持になるという以上のものが、さよにはあった。彼女にとって、そのことが出来たのは――保夫が、
「ほう、あるね。実はもうそろそろ買って来なければいけないと思っていたんだが」