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あやしのもの
怪しの者
国枝 史郎
「日本伝奇名作全集4 剣侠受難・生死卍巴(他)」番町書房、1970(昭和45)年2月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,259 字 · 25 页
わたしはそっちへ走って行きました。
そこでわたしの見たものといえば、垂を下げた一梃の駕籠の前に、返り血やら自分の血やらで、血達磨のようになりながら、まだ闘士満々としている、精悍そのもののような鶴吉が、血刀を右手にふりかぶり、左手を駕籠の峯へかけ、自分の前に集まっている尾張藩の武士や、持田八郎右衛門の弟子の、大勢の船大工たちを睨んでいる、凄愴とした光景でした。
「かかれ、汝等、かかったが最後だ!」
と、嗄れた声で、鶴吉は叫びましたっけ。
「かかったが最後駕籠の中の女は、俺が一刀に刺し殺す!……持田八郎右衛門の娘を殺す! かかれたらかかれ!」
船大工たちは口惜しそうに、口々に詈りました。
「畜生、鶴吉!」
「恩知らず!」
――しかし棟領の秘蔵の娘を、人質にとられているのですから、かかって行くことはできませんでした。西条様はじめお侍さんたちも、刀を構えて焦心っているばかりで、どうすることもできませんでした。というのは持田八郎右衛門は、船大工の棟領とはいいながら、立派な藩の御用番匠であり、ことには西丸様の今度のお企ての、大立物でありますので、その人の娘にもしものことがあったら、一大事だと思ったからで。