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おそろしきさくご

恐ろしき錯誤

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页

青空文庫

僕はそれを考えるとじっとしていられない様な気がする。例えば、僕が一つの創見に富んだ学説を発表するとする。その場合、その巧みに組立てられた学説のある一点に『脳髄の盲点』が作用していたとしたらどうだ。一度盲点にかかったら、何かの機会でそれをはずれるまでは、間違いを間違いだと意識しないのだからな。僕等の様な仕事をしているものには殊に、盲点の作用ほど恐ろしいものはない。

ところが、どうだろう。あの妙子の死因が、どうやら僕の『脳髄の盲点』に引掛っている様な気がし出したのだ。どうも不思議だと思う反面には、これ程よく分ったことはないじゃないかと、何者かが囁いているんだ。ぼんやりした、何だか分らないものが『私こそ奥さんの死因なんですよ』と云わぬばかりに、そこにじっとしているんだ。併し、もう一寸で手が届くという所まで行っていて、それから先は、どうにもこうにも考え出せないのだ」

北川氏は予定通り、寸分も間違えないで話を進めて行った。あせる心をじっと抑えて、結論までの距離をなるだけ長くしようとした。そして、丁度子供が蛇をなぶり殺しにする時の様な快感で、野本氏の苦悶する有様を眺めようとした。