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おそろしきさくご

恐ろしき錯誤

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页

青空文庫

彼は二つの事を同時に念頭に置くことの出来ないたちだった。

妙子を得るまでは妙子の事の外は何も考えなかった。妙子を得て了うと、今度は学問に熱中した。あれ程執心だった妙子を独りぼっちに抛ったらかして学問の研究に没頭した。そして、今や妙子の死に会するに及んでは「可哀相な妙子」のことの外は何も考えられぬ彼であった。野本氏に対する復讐についても彼は狂的に熱中した。そして、その目的を果すと狂的に歓喜した。

凡てが極端から極端へと走った。

彼は一つ間違うと気違いになり兼ねぬ様な素質を多分に持っていた。いや、現に、妙子の死因についてのある突飛な想像、野本氏に対するあの奇怪なる復讐、それらは北川氏の正気を信ずるには余りに気違いじみた思想ではなかったか。

併し、北川氏は彼の想像の適中を固く信じていた。そして、その信念が今確証されたのであった。

讐と狙う野本氏は見事に北川氏の術中に陥って、彼の目の前に、あさましい苦悶の姿を曝したのであった。

北川氏の話は、やっと長々しい前提を終って、復讐の眼目に入るのだった。

「その男の恐ろしい復讐には少しの手落ちもなかった。仮令それを推量することは出来ても、それは推量の範囲を一歩だって越えることは出来ないのだ。