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おそろしきさくご
恐ろしき錯誤
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1923(大正12)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页
そんな義理ずくからばかりでなく、物堅い僕の性質が『あの人なら』という風に彼等の深い信用をかっていたのだもの。その上、幸か不幸か、妙子自身が、どんなことがあっても親の言いつけには叛き得ない様な、昔風の娘だった。心では、どれ程深く思いつめている男があっても、それを色に現す様なはしたない女ではなかった。僕はそういう事情につけ込んで、無理にも我意を通そうとしたのではなかったか。仮令、これ程明瞭には考えないでも、心の奥では、それを意識していはしなかったか。
だが、誰れでも持っている様に、僕とても、人並の、いや恐らく人並以上の自惚れを持っていた。意外にもすらすらと結婚の話が進捗して、さて一緒になって見ると、いつとはなしに、そうした自責に似た心持も消え去って了った。妙子は、僕を大切な旦那様として、十分貞節を尽して呉れた。『さては、あの男を恋していたと思ったのも、俺の疑心暗鬼であったか』お人好しの僕は一概にそう信じて了ったのだった。
併し今にして思えば、妙子の外に女というものを知らぬ僕には、何とも判断しかねるけれど、恋というのは、あんなものではないらしい。僕と妙子の関係は、恋人というよりも、寧ろ主従のそれに近いものだったのではあるまいか、考えて見れば僕も随分御坊ちゃんであった。