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きょうふのくちぶえ

恐怖の口笛

海野 十三

「富士」1934(昭和9)年8月号~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,713 字 · 122 页

青空文庫

それから五分間――二人は鮑のように固くなって、教壇の陰に潜んでいた。もうよかろうというので恐る恐る頭をあげて窓の方をみると、窓は明け放しになったままで、もう怪漢の姿がなかった。ホッと息をついた蝋山教授は、このとき眼を解剖台の上に移して愕然とした。

「やられたッ。――屍体がなくなっている!」

なるほど、解剖台の上には屍体の覆布があるばかりで、さっきまで有った筈の屍体が影も形もなくなっていた。

「彼奴が盗んでいったんですよ、ホラ御覧なさい」と一郎は床の上を指しながら「屍体を曳擦っていった跡が窓のところまでついていますよ。屍体を窓から抛りだして置いて、それから彼奴が窓を乗越えて逃げたんです」

「うん、違いない。早く追い駆けてくれたまえ」

「もう駄目ですよ。逃げてしまって……」

「何を云っているんだ。君の弟の屍体なんじゃないか」

「追いついても、ピストルで撃たれるのが落ちですよ。それよりも警視庁へ電話をかけましょう」

「君のような弱虫の若者には始めて会ったよ。駄目な奴だ」

教授はいつまでもブツブツ怒っていた。

昼間丸ノ内を徘徊していた痣蟹が、深更になってなぜ屍体を盗んでいったのだろう。