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よく
慾
豊島 与志雄
「改造」1932(昭和7)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,324 字 · 33 页
法律の対象は精神的罪人だが、医学の対象は肉体的罪人だ。無辜な肉体の所有者が精神的罪人として取扱われることと、無辜な精神の所有者が肉体的罪人として取扱われることと、どちらがより多く苦痛だと思うか。前者の方がより多く苦痛だろうと言う者は、人間の慾望を解しない抽象論者だ。絶対安静とグラムで測った食料とを強要されて、ベッドに寝ている時に、僕はミイラのことを想った。博物館や医科大学でミイラを見たことがあるが、よくああ冷静な顔付をしていられたものだ。永遠に自由を奪われた彼等には、最も深刻な苦痛の表情があって然るべきだ。どいつも、本当にミイラらしい顔付のものはない。が僕だって、本当に病人らしい苦脳の表情はしていなかったかも知れない。それは、回復後の自由を空想してごまかしてたからだ。この自由の空想のごまかしがなかったら、例えばミイラは、どういう気持だろう。入院したまま死んでゆく者は、一体どうなんだ。僕の病院でも、幾人も死んだ。獄死だ。不幸な人々だ。僕は幸に退院出来た。この点では医学に感謝する。が要するに、刑期が満ちたのだ。刑期が満ちた囚人は、空想していた自由を現実に味う。