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よく

慾

豊島 与志雄

「改造」1932(昭和7)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,324 字 · 33 页

青空文庫

慾だ。危いぞ、と自由な僕は考えたものだ。

そういう慾は、自由に買物の出来る君にはよく分るまい。が君のところには、菓子折などを貰うことが屡々あるだろう。それを一月に一度か二月に一度ほどだと仮定し、そして平素ひどく粗食しているものと仮定してみ給え。僕のところは実際それなんだ。そこで、例えば洋菓子を一箱貰ったとする。蓋を開くと、舌の先にとろりとしそうな甘ったるいもので飾り立てたやつが、幾種類か並んでいる。一種顆でないのが不都合だ。この点で、羊羮だとかカステーラだとかモナカなどの菓子折は、道徳的に出来ている。一切つまめば、それ以上の慾心を人に起させない。が幾種類かの洋菓子は、それぞれに味覚をそそる。どの種類のものも一つずつ食べてみたくなる。而も形が大きい。そして胃には有害だ。必要以上に有害なものを食べる。これが慾でなくて何だ。洋菓子は宝石と類似の商品だ。宝石にまで手が出ない者は、一箱の洋菓子の各種類をつまんでみたくなる。洋菓子を食い飽きてるほどの者は、各種の宝石を一通り具えてみたくなる。慾にも階級がある。

洋菓子をもろくに食えない身分でありながら、僕は、一つでいいから宝石の指輪が欲しかった。