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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

私はそのお寺が好きだった。

重々しい御門の中は、すぐに広い庭になっていて、植込の木立に日の光りを遮られてるせいか、地面は一面に苔生していた。その庭の中に、楓の木が二列に立ち並んで、御門から真直に広い道を拵えていた。道の真中は石畳になっていて、それが奥の築山と大きな何かの石碑とに行き当ると、俄に左へ折れて、本堂へ通じているらしかった。表からは、本堂のなだらかな屋根の一部しか見えなかった。この本堂の屋根の一部と、寂然した広い庭と、苔生した地面と、平らな石畳の道と、楓の並木のしなやかな枝葉と、清らかな空気とを、重々しい御門の向うに眺めては、その奥ゆかしい寂しい風致に、私は幾度心を打たれたことであろう! けれども御門の柱に、「猥リニ出入ヲ禁ズ」という札が掛っていたので、私は一度も中にはいったことはなかった。ただ学校の往き帰りに、その前を通るのを楽しみにしていたのだった。

今記憶を辿ってみると、そのお寺の象がはっきり私の頭に刻み込まれたのは、女学校の三年の頃からであるように思われる。そしてまたその年に、あの人の姿を見るようになったのである。

初めて見たのは何時であるか、私は覚えていない。