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あるひ
或る日
宮本 百合子
「愛国婦人」1925(大正14)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,119 字 · 21 页
人形――人形。
さほ子は、変な間の悪さを覚えた。彼女は、曾祖母が維新前、十六でお嫁に行く時、人形を籠の中で抱いて行ったと云う話を思い出した。
今の時代の十九の、故郷を出奔した娘が此那大きな人形を抱いて来ると想像出来ようか。いじらしいような心持と、わざとらしさを嫌う心持が交々さほ子の心に湧いた。
千代は、その人形を見せ、彼女に国の話をきかせた。
千代の話によれば、彼女の父は町で有名な酒乱であった。彼女の母は、十年前妹をつれて逃げ、今名古屋にいる。その人形は、数年前、母に会いたさに父に無断で名古屋に行った時、母に買って貰ったと云うものであった。今度、到底いたたまれないで逃げて来るにもその人形だけは手離せず包に入れて持って来たのだそうだ。
成程古いのだろう。
やすもののその西洋人形は、両方とも眼がとれていた。亜麻色の濃い髪を垂れ、赤い羽二重の寛衣をつけた人形は、わざとらしい桃色の唇に永劫変らない微笑を泛べ、両手をさし延して何かを擁き迎えようとしながら、凝っと暗い空洞の眼を前方に瞠っているのだ。
千代は、越後の大雪の夜、帰らない飲んだくれの父を捜して彼方此方彷徨った有様を憐れっぽく話した。