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あるおとこのしゅき

或る男の手記

豊島 与志雄

「中央公論」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页

青空文庫

それが一種の反感に似た冷さで、私の方へ対抗的に迫ってきた。彼女に何か悪いことでもしたのではないかしらと、私は妙にぎごちなくなりながら、わざと冗談の調子で尋ねてみた。

「どうしたんです、変に真面目くさった顔をして……。」

彼女はちらと私の方へ黒目を挙げてから、なお四五歩進んだ後で云った。

「私いろいろ考えてみましたけれど……。」

いくら待っても後の言葉がないので、私は静かに促した。

「で……どういうんです?」

「どうしたらいいか分らないんですもの。」

「一体何のことですか。話してしまったらいいじゃありませんか。私の顔を見てどうでもよくなったなんて……。」

「でもあの時は一寸そんな気がしましたけれど……やっぱり……。」

「話してしまった方がいいでしょう。私の顔に何か書いてあるわけでもないでしょうから。」

私は冗談にしてしまおうとしたけれど、今の彼女には手答えもなかった。日傘の先で地面をつっついて歩きながら、恐ろしく真剣に考え耽ってる様子だった。私は何となく不吉な予感を覚えた。実は彼女にその話をさせるために連出したのだったが、そして会話の調子でなおそれを求めてはいたが、公園にはいりかける頃から、もう聞かない方がよいかも知れないという気持が起ってきた。