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あるおとこのしゅき

或る男の手記

豊島 与志雄

「中央公論」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页

青空文庫

然しやがて、彼女の方から話し出してしまったのである。

日曜日でないせいか、公園の中には余り人はいなかった。杉の木立のほろろ寒い下蔭にはいって暫く行った時、光子は一寸足を止めてあたりを見廻したが、今度はゆっくりと歩き出しながら云った。

「私やっぱり先生に、何もかもお話してしまいますわ。」

「ええ。」と私は簡単に素気なく答えた。

私達は足の向くままに――と云っても池の縁の道を――長く歩き続けた。光子の話は調子が早くなったり遅くなったり、事柄が前後したり、私に聞き返されて云い直したりして、余りまとまりのよいものではなかったが、大体の筋道はよく通っていたし、彼女にとっては可なり真剣なものだった。

「私何よりも先に、先生にお詫びしなければならないことがございますの。先生お許し下さいますわね。初めのうちに申上げておけばよかったのですけれど、何だか云い悪くて……。あの……先生の所へよく遊びにいらっしゃる松本さん、あの人と私変な風になってしまったんですの。河野さんの所へ参ってからは、始終お手紙を下さいますし、私も時々手紙を上げていましたが……。でも、今じゃもう何でもありませんわ。