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あるおとこのしゅき
或る男の手記
豊島 与志雄
「中央公論」1924(大正13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页
「まあ君の理想はいいとして、一体光子さんの方は、君に対してどうなんだろう?」
「私を愛しているようです。ただ私が苦痛なのは……。」
彼はまた口を噤んで私の眼を見た。
「何が苦痛だって?」
「一昨日私の所へ飛び込んできたのは、本当に私が恋……私を愛してるからか、それとも一時河野さんを避けるためにぼんやり頼ってきたのか、その辺がよく分らないんです。」
「君が苦痛だというのは、ただそれだけなのかい。」
「それだけって……。」
「君は光子さんをどんな女だと思ってるんだい。」
「比較的真正直な怜悧な……いや何だかよく分りません。」
彼は急に苛立ってきた。私はそれをなおつっ突いてやった。
「例えば、河野さんと実は関係がついていたり、北海道でいろんなことがあったり、そんな風な奔放な女だったとしたら?」
「え、そんな女でしょうか。」
「いやそれはただ仮定だよ、君の気持をはっきりさせるためにね。で、もしそうだったとしたら、それでもやはり君は、彼女を愛し続けてゆけるのか。」
私の執拗な眼付に対して、彼は顔を伏せて暫く唇をかみしめていたが、やがてきっぱりと云った。
「愛し続けてゆきます。責任上愛し続けるつもりです。