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あるおとこのしゅき
或る男の手記
豊島 与志雄
「中央公論」1924(大正13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页
あれやこれやを考えて、いっそ決闘で殺されてしまったら……なんかと想像してみたりした。そしてそれが馬鹿馬鹿しくなると、またいつしかぼんやり雨音に聞き入っていた。
そこへ女中がやって来て、松本さんをこちらへお通ししてもよいかと云った。私は驚いて眼を見張った。
「え、松本君が? 今来てるのか。」
「先程からいらして、奥様とお話していらっしゃいます。」
私はまた喫驚した。いつも階下に誰か来た時は、何かの気配を感じないことはなかったのに、その時ばかりは少しも感じなかった。私は心にぎくりとしながら、通してくれと女中に云って居住いを直した。
やがてやって来た松本は、私に或る印象を与えた。頬がひどくこけたせいか鼻がつんと高く額が白々と秀でて、眼には澄んだ奥深い光を湛えていたが、唇の薄い口元には毒々しい軽侮の影を漂わしていて、その二つが変に不調和な対照をなしていた。彼は私の前方にぴたりと坐って、私の方を見ないで云った。
「奥さんにだけお逢いしてゆくつもりでしたが、あなたにもお目にかけておく方がよいと思って、持って来ました。光子からの手紙です。」
私は無言のまま、差出された手紙を取って読んだ。