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あるそびょう

或る素描

豊島 与志雄

「新潮」1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页

青空文庫

もかまいません……とそんなことを云うと、専務は全く困ったような風をしていたよ。そこで僕はなお進んで、執務時間の改革案なるものを持ち出してやった。一定の時間だけ出勤すれば、それで仕事の能率が上ると思うのは間違いだ。社員はいつでも自分の好きな時に事務を執るようにして、嫌な時には何でも他のことをして遊ぶ、随って、早朝から夜中までの間に勝手な時幾時間勤むればよいと、そういう風になれば最も理想的だ、相互の事務の連絡は書面やなんかでつけることが出来るだろう……とね。」

「そんなことを云って、なおひどく小言をくやしなかったか。」

「いや……実は口に出して云ったわけじゃない。あの専務には物が分らないから、僕は黙っていてやったが、もし物の分る専務だったら、そして僕がそんな風に話をしたら、さぞ面白いだろうと、想像のうちで楽しんだのさ。叱られたお影で一寸面白い夢をみることが出来たのだ。」

「なあんだ、つまらない。」

同僚に一笑されて、長谷部はそれが腑に落ちない顔付をした。

そのことがやがて、退屈な会社の中では、噂話の一つとなった。

然し、考えてみると、もし会社の執務時間を長谷部が云う通りにしたら、それを最もよく利用するのは、恐らく利用しすぎて自分でも困るのは、長谷部自身だったろう。