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あるそびょう

或る素描

豊島 与志雄

「新潮」1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页

青空文庫

却って彼女の方から、もう帰る時間ですよと促すことがあった。すると彼は夢想のさなかからひょいと立上って、黙って先に出ていって、振向きもしないでとっとっと歩き去ったそうである。

その他、まだ私の知らないいろんなことがあったとしても、彼の結婚決心の動機なるものは、どうも不可解だった。それまで大して人の口にも上らなかったほど、二人の間は淡いものだったらしい。それが、突然の指輪となり、突然の求婚となったのだった。

結果は簡単に述べておこう。私は学校の人達に逢って、どうしても長谷部が職に留ることは出来なくなってるのを知った。そして、長谷部の未来のことや現在の貧しい生活のことなどを考えて、ただ嘆息するの外はなかった。

幸にも事件はうまく片付いた。彼女の家は、ひどく零落はしていたが、血統やなんかは正しいらしかった。彼女も彼女の一家も結婚を承諾した。長谷部の母も結婚を承知した。そして長谷部はその後、或る製菓会社にはいった。製菓会社とは面白いが、更に面白いことには、其後学校で女給仕を廃して男にしたということを聞いた時、長谷部は飛び上って愉快がったのである。

「学校に女の給仕を置くなんて、初めから間違っていたんだ。