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あるそびょう
或る素描
豊島 与志雄
「新潮」1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页
それで一家の生活は、亡父の功労で政府から母親が貰ってる金で――それも僅少なものだったが――重に支えられていた。いつも貧乏だった。
彼が撞球に耽った頃は、最も母親は困難したらしかった。彼はどうしても、毎晩撞球場へ行かないでは落付けなかった。その上、行けば帰りは十二時過ぎることが多かった。母親は起きて待っていた。そのことで或る時二人は喧嘩をした。
「表の締りをしないで寝るのが、いくら不用心だからって、起きて待っていられると、落ちついて球も撞けないじゃありませんか。お母さんがいつまでも起きて待ってるというなら、僕だって意地です、いつまでも帰って来やしませんよ、夜が明けるまで帰って来ませんから……。」
そんなことがあって、それから後は、母親は先に寝てしまうことになった。表門に鍵をかって、中の格子と戸だけを引寄せておいた。彼はその表門を乗り起してはいって来るのだ。
そして彼はいつも、睡眠不足の蒼黒い顔色をしていた。
ただ、彼のそうした耽溺は、時々対象が変っていった。碁に夢中になって、碁会所に入りびたってるかと思うと、何かのきっかけで行かなくなってしまった。そして友人と二人で、碁会所の前なんかを通りかかると、そちらをじろりと見やりながら、さも憤慨してるような調子で云い出した。