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あるひ

或日

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,791 字 · 6 页

青空文庫

私の心覚えのある姓名の人であった。

洋服を着、何心なく来かかるその男を見ると、赤い着物の気の違った女の子は、いきなり腕をからみ合って居た私を突のけて、男の方へかけて行った。そして、手を執り、首をかしげて、頻りに何か頼んで居る。何処へ行くのか知らないが

「彼方へ行きましょう、ね、行きましょうよ」

と云い乍ら、驚き、不機嫌な男の手を、ぐんぐんと引張って居るのである。

相手は、暫く呆然とされるままになって居たが、やがてはっきり

「いやです」

と云った。それでも、気の違って居る人は承知しない。猶も執念くつきまとう。終に、男は実に断然たる口調で、

「厭だと云ったらいやです」

と云いさま、手を振もぎって、殆ど馳るように、階子段とは逆の方に歩き出した。

赤い着物を着た娘は、血相をかえて後を追い出した。追われると心付いて、男は洋袴にはまった脚を目まぐるしく動かして逃げる。後から娘は、加速度的に速さを増して追いすがろうとする。――

二人の後姿が、見えないようになると、何と云う訳なのか、私は、学校の舎監室に逃げ込んだ。そして、声を震わせて

「かくまって下さい」

と云い、大きな婦人の机の下に這い込んだ。