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ししょ

戦国武士道物語 死處

山本 周五郎

山本周五郎『戦国武士道物語 死處』。同一底本的分册已合并为一书。收入:死処、城を守る者。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,176 字 · 33 页

青空文庫

四

「全軍かえせ」

と命をくだした。

そのときである、浜松城の方から疾駆して来た二十五六騎の一隊が、家康のはたもとへ乗りつけると共に、その部将のひとりがだいおんに呼びかけた、

「君にはなにごとを躊躇したもうや、敵の軍勢はいきおいに乗じたり、ここは本城に退きて後日の合戦をまつべきなり、はやはや浜松へ退きたまえ、それがししんがりを承わる」

四

家康はふりかえった。乗りつけて来たのは夏目次郎左衛門吉信である、彼は城の櫓から、家康危急のさまをみて駈けつけたのであった。

「いやもはや退かぬぞ」

家康は馬のたづなをしめながら叫んだ、

「本城ま近にて斯くやぶれたうえは、命ながらえてなにかすべき、しかも敵軍すでにわが退路を断たんとする、もはやわが武運のつくるところだ。くちとり、馬をはなせ!」

鐙をなげて馬の口取をしたたかに蹴る、吉信はおのれの馬よりとんで下りると、家康の馬の轡をしかと取った。

「君にはおろかなることを仰せたもうぞ、進むべきときに進み、しりぞくべきときにしりぞき、いくたび敗戦の苦を嘗むるとも、屈せず撓まず、ついの勝利をはかるこそまことの大将とは申すべし、はやく本城へ退きたまえ、吉信しんがりをつかまつる」