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いわゆるひひょうの「かがくせい」についてのこうさつ

所謂批評の「科学性」についての考察

戸坂 潤

「文芸」1938(昭和13)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,581 字 · 21 页

青空文庫

即ち現下の作品の社会的産出とその芸術的(美学的)価値とを解明するシステムがなくてはならぬ。それがなくては、科学的批評ではない。

尤も、芸術的価値の精神史は云うまでもなく、芸術的価値の現下に適用されそうな任意のシステムは、生理学的生物学的なものであろうと心理学的なものであろうと、又文献学的古典学的なものであろうと、哲学的なものであろうと、科学的でないのではない。私は夫々の代表者を挙げることは省略するが、彼等が科学的でないとは云えない。システムをとに角ハッキリ持つ以上はである。そして又彼等が批評家でないとも云い切れない。美学的価値の尺度を確立しようとする限りはだ。だが、問題はその時局性の如何に関わる。真に時局的なリアリティーを有つためには、明敏な社会常識と、之を深める社会理論の開発とがなくてはならぬ。そして初めて、批評は科学的となる。以て、批評の科学性に於ける時局性(アクチュアリティー)の意味を知るに足りよう。批評のシステムはアクチュアリティーの体系であることを必要とする。そう云うと、最も印象批評的な放言と雖もアクチュアリティーを有つと云われるかも知れないが、真にアクチュアルな体系に於ては、社会的認識そのものがまず体系的でなくてはならぬ。