轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
いわゆるひひょうの「かがくせい」についてのこうさつ
所謂批評の「科学性」についての考察
戸坂 潤
「文芸」1938(昭和13)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,581 字 · 21 页
この点与えられ想定されている条件である。問題はいつもその先から発生する。ここから先が、初めて批評の問題になるのである。
まず印象の追跡ということである。だが印象自身と印象の追跡ということとは、ハッキリ別のことではない。作品を読むという活動の意味にも色々あろうが、優秀な読者は二度も三度も同じ作品を読むだろう。若い時読んだものを年取ってから読み直すということはごく普通の現象だ。一遍読んですぐ又読み直すという人もいる。そうしないまでも、前へ戻りながら念を押して読むということは、誰でも必ずやっていることだ。途中でやめたり、飛ばして読んだり、新聞小説など逆に読んで行ったり(私はかつて偶然そういう機会を持ったが作家のかくされた制作過程を知るには大変いい参考になるようである)、そういうことは、散文などでは必ずしも乱暴な読み方とは云えないらしい。もし、随意に繰り返すことが出来るということが散文の特色だとすれば、こういう読み方にも意味があるだろう。して見ると、印象と云っても決して一遍カッキリの印象ばかりを問題にするべきではない。
もし一遍カッキリの印象を直接印象と呼ぶなら、ここで問題になる印象は、抑々、必ずしも直接印象ではないと云わねばならぬ。