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とびらのかなたへ
扉の彼方へ
岡本 かの子
「新女苑」1938(昭和13)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,155 字 · 17 页
硝子戸越の早春の朝の陽差しを眩しい眼ざしで防ぎながら海を眺めていました。
結婚後一ヶ月目の年の暮から、私をこの海岸の旅館に寄越して置いて、自分は年始廻りやら、正月の交際を済まして五日の日に宿へ来た彼は、割合に荷嵩な手荷物やらゴルフの道具やらを持ち込んだ。私は宿の女中に手伝って貰って、一先ずそれ等を部屋の中に適当に処置するために働いていました。
「気に入りましたわ。平凡なところが」
私はこんな返事をしながら、良人があまりに胸高に締め過ぎた帯を後からそっと掴み下げてやるほど、形だけは遠慮がとれた妻になっていました。良人はちょっと私を振り返って、自分でも帯の前の方をずり下げながら、
「平凡かね。なるほど……いや、気に入らなければどこへでも移ってあげるよ」
と云って、女中に座敷の中の煙草を取らして、そこの籐椅子で、煙をふかし始めました。
「ほんとに皮肉でも何でもなく、平凡なところが結構でございますのよ」
その平凡なところを結構とする私のこころはこうでありました。若し、秀抜な山のたたずまいや、雄渾な波濤の海を眺めやったなら、それを讃嘆する心の興奮に伴って、さすがに埋め尽した積りの珪次との初恋の埋火が、私の心に掻き起されないものでもないような気がしてならなかったのでありました。