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とびらのかなたへ

扉の彼方へ

岡本 かの子

「新女苑」1938(昭和13)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,155 字 · 17 页

青空文庫

何も食べるものの無くなった今、蒟蒻は貴重な糧食であるばかりでなく、私はどうせ餓死するなら蒟蒻ばかり食べて死のうと、こんないこじな気持ちを募らせていました。丁度その時です。

「お嬢さん、クッキングですか」

普通の人の背では届かぬアパートの部屋の窓の硝子戸の隙から、帽子の下の及川の正しく並んだ眼が覗いていました。顔は痩せて蒼黒く見えました。私は思わず部屋着の胸を掻き合せました。

「私も人生の失敗者です。その失敗者が同じ失敗者のあなたをお迎えに来るなんて妙なわけですが、おかあさまがお気の毒なので、お頼みをそのまま引受けてお迎えに参りました。場合によっては、自分のことは棚に上げて、ご意見でも何でも申しますよ」

二人が部屋に向き合ってからの及川の言葉でありました。

及川は寂しそうに笑いました。私はその男の寂しい笑顔を見ると、自分と珪次があんなに突き詰めて情熱を籠めて行動して来た生活が、まるで浮いた戯れのように顧られました。何と抗うてみても体験で固めたこの厚い扉のように堅く寂しい男の笑顔に対しては、爪も立たないように思われました。私をある悲惨な決意にさえ導きそうな現在の憂鬱さえ、彼の前にはまだ甘いものに感じられました。