轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
てがみ
手紙
久生 十蘭
「小説と読物」1949(昭和24)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,158 字 · 30 页
もっと早くわかれば、どんなによかったか。ソレガ悲シイ悲シイデス。
私の父は濠洲へダイバー(潜水夫)の出稼ぎに行き、ロェベック湾のブルームの町で、私と妹を生みました。母はロッマ島人でニ・ヌガリ、妹はスクレニといい、父の主人はルービンという人で、船の名はローザ号でした。父は上手なダイバーで、潜水具をつけずに、一気圧半のところで働いていました。一気圧半といいますと、約四十尺であります。
私は十歳のときからローザ号の貝洗いにやとわれ、十四の年から潜りはじめ、テンダーといって、潜水夫の救命繩を取る役や、送気ポンプの係をやり、十九の年、父と二人で独立して、小さなプラウ(刳舟)で貝床を探して歩きました。白人の邪魔にならぬように、バサースト島、ゴールバーン、ウェッセル、カンベルランド海峡からアラフラ海、アール諸島のドボなど、白人の居ないところなら、どこへでも出かけて行きました。
二十一歳のとき父が死んだので、母と妹を連れてアンボンに帰りますと、間もなく戦争がはじまり、ラハの飛行場に日本軍があがりました。夜、ラハに火が高く燃え、大砲の音や機関銃の音がし、オランダ軍がこちらの岸のベンテンの砲台から海越しにラハにむけて大砲を打ちました。