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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页

青空文庫

ブハーリンがこの点から批判されたのは人の知る通りである。――技術は元来労働から切り離せる筈のものではない、即ちプロレタリアの労働力から引き離されてはならないのである(だがこの問題は、「イデオロギーの問題としての技術」の問題、又は「技術家」の問題へ移行するので、「技術そのもの」の問題を取り扱っている今の段階ではこのモメントは捨象しよう)。

技術の社会的意味に就いてはルービンシュタイン「技術の発展に関するマルクス」(『マルクス主義の旗の下に』日本版第二十二号)を見よ。なお小高良雄氏「唯物史観に於ける生産力の概念について」(『唯物論研究』第二号)参照。

技術(及び技術学)が社会科学的範疇にぞくすると云うと、技術が他の社会科学的範疇、例えば生産関係とか階級関係とかと異る折角の技術的なものが見失われはしないかを憂える向きもあるかも知れない。なる程ダイナモの運動や内燃機関に関する理論は、何も社会的な事物に関する知識ではないが、併し他方それならば又何も特に技術的なものだと云う必要はないので、単に自然科学的――物理学的・化学的――な知識に過ぎないと云ってもいいわけである、技術が単に自然科学的知識の肉体による表現である以上に――自然科学の実験も亦技術的なのであるが――特に本格的に技術の資格を得るという事情は、この知識が経済