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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页

青空文庫

或いはそうかも知れない。だが、必要な問題は、そうした私事に渡る宗教体験そのものにあるのではない、問題は、宗教体験が単なる宗教体験に止まることが出来ずに(無論止まり得る筈はないのだが)、直ちに宗教的世界観・宗教的イデオロギーを構成せずにはおかないという点である。

「信仰」はもはや信仰ではなくて神学となる。一体神の信仰と世界の把握とは別でなければならない。処が宗教によればそれが一つでなければならないようである。――信仰という感情は、宗教的範疇という論理を創造する*。この論理がそのまま展開すれば、夫が凡ゆる意味に於ける神学となるのである。神学とは外でもない、宗教的な世界像・イデオロギー組織のことであり、神学的範疇の体系の建設にいそしむ処のものをいう。こうした神学的範疇体系――この転倒した世界観の組織――は、哲学的範疇体系(それの本当のものが技術的範疇体系だった)に対して、論理学的に云っても阿片的効果を持たざるを得ないではないか。

* 宗教の本質・真理内容・を啓示しようとする「宗教哲学」(それは実は宗教擁護哲学であって批判主義的宗教哲学も決して「批判的」ではないのだが)は、独特な宗教的・神学的・範疇を打ち建てることから説明を始める。