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ぎじゅつのてつがく
技術の哲学
戸坂 潤
「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页
技術家の社会的地位
文化はだから今日、もはや何等救済の咀文ではあり得ない。
もし仮に文化と文明とを区別しなければならないならば――そういう区別がなぜ必要なのかは判らないが――、文化は「文明」の発達を媒介するのでなければ発達出来ない、という一つの事実を注意しておけばいい。文化とは元来、教養や自己完成やという倫理的・文学的内容のものではないので、そうした内容は単に階級文化の上品な懐手式な好みにしかすぎない。無階級文化は恐らく「社会主義的建設」の如きものによってしか築かれないだろう。かかる文化が、なぜ技術的範疇を以て貫かれねばならぬかは、だからもはや明らかではないだろうか。
処で、技術家の問題を分析することによって、技術とイデオロギーとの問題も本当に解けるだろう。次に夫を見よう。
技術家の社会的地位
独特な意味での技術は物質的生産の技術、一言で云えば生産技術である。現在の資本制及び社会主義制の社会で、この生産技術と特別な直接関係に立つことによって、一定の位置・職業・役割・等々を有っているものが、独特な意味での技術家である。正確には之を生産技術家と呼ぶべきだろう。
生産技術家は、それ自身自然科学者であるか、又は自然科学とある直接関係に立つ処の者であって、独特な意味での専門家と見做されている。