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おしえとたびするおとこ

押絵と旅する男

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1929(昭和4)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,416 字 · 35 页

青空文庫

遠眼鏡と云うのは、恐らく二三十年も以前の舶来品であろうか、私達が子供の時分、よく眼鏡屋の看板で見かけた様な、異様な形のプリズム双眼鏡であったが、それが手摺れの為に、黒い覆皮がはげて、所々真鍮の生地が現われているという、持主の洋服と同様に、如何にも古風な、物懐かしい品物であった。

私は珍らしさに、暫くその双眼鏡をひねくり廻していたが、やがて、それを覗く為に、両手で眼の前に持って行った時である。突然、実に突然、老人が悲鳴に近い叫声を立てたので、私は、危く眼鏡を取落す所であった。

「いけません。いけません。それはさかさですよ。さかさに覗いてはいけません。いけません」

老人は、真青になって、目をまんまるに見開いて、しきりと手を振っていた。双眼鏡を逆に覗くことが、何ぜそれ程大変なのか、私は老人の異様な挙動を理解することが出来なかった。

「成程、成程、さかさでしたっけ」

私は双眼鏡を覗くことに気を取られていたので、この老人の不審な表情を、さして気にもとめず、眼鏡を正しい方向に持ち直すと、急いでそれを目に当てて押絵の人物を覗いたのである。

焦点が合って行くに従って、二つの円形の視野が、徐々に一つに重なり、ボンヤリとした虹の様なものが、段々ハッキリして来ると、びっくりする程大きな娘の胸から上が、それが全世界ででもある様に