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おしえのきせき
押絵の奇蹟
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页
と云って髪結いさんに笑われました。
それから故郷を出ますときに柴忠さんのお嬢さまから頂いた一張羅の着物と着かえまして、先生御夫婦のお伴をして上野から鉄道馬車に乗りましたが、久し振りに厚ぼったい帯をシッカリと締めましたので気がシャンとしましたためか、それともまだ外はつめたい風が吹いておりましたせいか、馬車に乗っております間は居眠りをしなかったようで御座います。けれども歌舞伎座へ這入って平土間に坐りますと間もなく、人イキレであたたかくなりましたせいか、又もウットリとなりまして、お芝居通の先生や奥様が色々と説明して下さるのを、夢うつつに聞いているばかりで御座いました。
お兄様が阿古屋に扮して出てお出でになりましても、同じように睡くて睡くてボンヤリしておりましたようで、それを我慢しいしい眼を瞠っておりました苦しさを、今だにシミジミとおぼえております。あとでのお話によりますと、お兄様もその日はお加減がわるかったのを、無理におつとめになりましたのだそうで、その悩ましいお姿が、琴責めの時にたいそうよくうつったとの事でしたが、私はただ、その白いお下着の襟に刺してありました銀糸の波形の光りを不思議なくらいハッキリとおぼえておりますだけで、そのほかは白いお顔と、赤いお召物とが、ボーッとした水彩画のように眼に残っておりますばかり