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りゃくだつせられたるおとこ

掠奪せられたる男

豊島 与志雄

「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页

青空文庫

彼の代りに静かにその気持ちを味っている秀子が其処に居た。彼が甞て感じたようなことを逆に彼に語ってきかせる秀子が其処に居た。

「私こうして夕方じっとしているのが、一番好き。」秀子は縁側に腰掛け、垂れた両足をばたばたやりながら云った。「みんな夕方の仕度に忙しく働き廻ってる頃、じっと空を眺てるほど気持ちのいいものはないわね。何だか自分一人の夕方のような気がするわ。男の方はそうでも無いけれど、女というものは夕方はそれは忙しいものよ。女という女がみんな汗を流して働いてるわ。その時に私一人こうしていると何とも云えないいい気持だわ。それに凉しい風は吹くし、空は夕映に真紅になってるし、今に露っぽい薄闇が下りて来るわ。」

彼女の腰掛けている縁側はもう綺麗に拭掃除がしてあり、庭と門口とには水が撒いてあり、少しの夕餉の仕度は勝手許に出来つつあった。不当な収入のある買収された一人の女中は、まめまめしく立ち働いて秀子に箒一つ持たせなかった。そして秀子は早くから夕方のおつくりをして、菊五郎格子の浴衣に絞りの羽二重の帯をしめて、夕方の何処となく香りのある空気の中に、駄々っ児のように身体をゆすっていた。