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そうしゅ
操守
豊島 与志雄
「改造」1929(昭和4)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,418 字 · 20 页
彼女は平然と、自分の職分を守ることが出来た。
そこへ、彼の告白が落ちてきた。
秋の夜の差向いは、淋しい。しいんとしたなかに、どこからか、爪弾の音が伝わってきて、夜更けを告げる。中庭で、笹の葉がさらさらと鳴る……。でも吉乃は、明るかった。甘ったるいのんきな調子で、商売が不景気でも、お稽古が充分出来るのが楽しみだと、そして、お稽古仲間だと、遠くで聴いてても、誰が弾いてるのか、それが分るようになるから面白いと、そんなことを云い云い、爪弾の音色に耳を傾けたりしている。岡野もその方へ、吉乃の言葉へよりも多く耳をかしていた。積り重った伝統的な情緒が、彼を溺らそうとする。彼も溺れようとする。が彼の胸の中には、どす黒い塊りがあった。眼は熱く涙ぐんでいる。自分自身をわきから見守り鞭打ってる気持……。だが、吉乃へは取り縋れなかった。
「君は逢えば逢うほど……。」
「馬鹿に見える?」と吉乃は引取って云ったが……。
彼は、つまった言葉を涙になして、ぼろぼろとこぼしている。
「そう云った人があるわ。」
びっくりして、云い足して、それから彼女は微笑んだ。
然し彼は顔を挙げなかった。