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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
何でも大きな松の木があるそこの下で一晩明したと云ってられました。それで秀吉が木下藤吉郎と名乗った故事になぞらえて、松の下で一夜を明したと云うので、松下一郎と云う名を思いついたのだそうです。松下一郎と名乗って本郷の竹内写真館に書生に入り込み、入り込むたって名ばかりで、実は手紙の中継所にして置くなんて、鳥渡普通の人には思いつかない事ですよ。そうして警察の方へは始終愚弄した手紙をやっているんですよ。そんな事を考え合わすと、支倉と云う人は可成恐ろしい人ですよ」
静子は依然として黙っていた。
「余計な事かも知れませんが」
浅田は続けた。
「奥さん、今のうちにお見切にたったらいかゞですか。幸いに財産もあなたの名義になったんですし――」
「ご親切は有難うございますが」
静子は堪えかねたと云う風に遮った。
「そんな話はどうぞお止め下さいまし」
「そうでしょう。そりゃご夫婦の間として、ご立腹ご尤もです。然し奥さん」
浅田は異様に眼を輝かした。
「私の云う事も聞いて下さい。私は実際奥さんに敬服しているのです。学問もおありだし、確乎して居られる。私のとこのお篠などは無教育で困るのです。